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江戸時代の百珍料理のお話

2012.12.15.Sat.14:37

現代に通じるようなグルメブーム、食通ごっこ、そのルーツをたぐっていくと江戸時代にまでさかのぼります。江戸時代中期には、多くの料理本が刊行されましたが、その最大のヒットが『百珍本』です。



■大ベストセラーになった百珍本

1782年(天明2)に大阪で出版された『豆腐百珍』がまず大ブームになります。豆腐百珍はさまざまな豆腐料理を紹介した本。食い倒れの街、大阪は江戸時代から「食に関する興味」の大きな「天下の台所」だったのです。

この本が江戸にも紹介され、そのムーブメントは百万都市・江戸も巻き込みます。続編の『豆腐百珍続編』がすぐに刊行され、これも大ヒット。『大根百珍』『鯛百珍』『甘藷百珍』『玉子百珍』などの類書も次々と刊行されました。

これらの百珍本は今で言う「メニューブック」になるでしょうか。ただし、中には「本当に作ったの?」と疑問を持ってしまうようなメニューもあります。それらはアイデアだけで洒落で入れたのだろうと言われています。

■百珍料理ってどんなの!?

「これはタイトルだけだなあ」という物はよけて、美味しそうな百珍メニューをご紹介しましょう。

●「利休好み」ってブランドなの!?

百珍メニューの中には、利休好み、利休○○といったタイトルが散見されます。江戸時代でも、侘び茶を完成させた千利休は大きなアイコンだったのでしょう。利休が「変わった玉子料理を作った!」なんていう記録はありませんので、すべて後世の創作です。ただ、利休の名前をかぶせたくなる「侘びな味」がその料理にあるのでしょうか。

●「利休玉子」は白ゴマ

例えば、「利休玉子」はこんなレシピです。白ゴマを煎ってよくすります。酒を入れてさらに念入りにすります。これに卵を割り入れてかき混ぜます。混ぜたものを鉢に入れて蒸します。具の入ってない茶碗蒸しみたいな料理です。

●「利休かまぼこ」は黒ゴマ

鯛百珍の中から1品。鯛をおろして切り分け、鉢に入れてすります。途中で酒、塩を入れ粘り気が出るまですります。できたら、その身を板にとって蒸し上げます。かまぼこを作るわけです。この上に炒った黒ゴマをふり掛け、焼き目をつけます。どうも「利休=ゴマ」という考えがあるのかもしれません。

ちなみに「かまぼこ」が最初に文献で確認できるのは平安時代、1115年(永久3年)です。ずっと時代が下って戦国時代、織田信長が本能寺で最後に食べた食事にもかまぼこが供されていたそうです。かまぼこは白身の魚を使う、大変にぜいたくな料理だったのです。

●「大根ぞうすい」は淡白だけど乙な味

ご飯をざるにあけて水洗いし、粘り気をとっておきます。次に大根おろしを作ります。お湯を沸かして、先ほどとっておいたご飯を入れ、塩を振って味を調えます。ぞうすいとしていい感じになったら、大根おろしをたっぷり入れて少し沸いたら完成です。はふはふしながら食べましょう。大根と白ご飯、江戸の三白のうちの2つを使った江戸らしい百珍料理です。

●「味噌漬け豆腐」は酒の肴に最適

豆腐を1丁買ってきて、重しをし、半分ぐらいにします。この水分を抜いた豆腐をガーゼで包んでみそに漬け込みます。タッパを使うと良いでしょう。タッパのふたをして冷蔵庫に入れます。冬であれば常温で一晩置いても大丈夫です。みそが馴染(なじ)んだら、ガーゼを外し、かまぼこのように切って食べます。酒の肴に最適な乙な味ですよ。

現在につながる料理の源流は江戸時代にあると言われます。ほっとする素朴な味が多い百珍料理はいかがでしょうか。

(高橋モータース@dcp)


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